日本硫黄系列の工場や社宅の近くに迷い込んだりしていたが、485系の赤べこが来るので駅に戻ることにする。結局磐梯山を背景に撮る事はあきらめてホームに上がると・・・これが一番よさげではないか。ただし、磐梯山ではなかったが。

この電車で郡山へ向かう。川桁といえば沼尻のナローである。お父さんが小さな男の子に説明をしている。本当は降りたいが、郡山へ行く用があるのであきらめる。
所用を済ませて土産を買って戻ってくると、6両編成が切り離しをしている。残念!
乗り込む電車のクハ455は300番台(クハ455−312)、もとはクハ165−169であり、湘南色のほか、新快速色、おそらくはローズピンク、東北色と4つ以上の塗装を身にまとっている。
せっかく郡山駅の磐越西線ホームに下りる階段に赤べこをデコレートしているのならば、455系を残してくれればよかったのに。事実、置き換えた719系2両編成ではとてもさばききれない状態になったのだから。

夕闇迫る会津若松で並ぶ455系2本、もったいない限りである。そしてその向こうに止まるキハ110に乗ろうとするが、帰宅客で大混雑である。といっても喜多方をすぎてすぐに車内は空いてきた。
2004年の洪水で被害にあった三条で飲もうかと思ったが、朝通ったときに駅前に何も無いのを確認したので、新津で飲むことにする。といっても町村合併で新潟市になっているのだが。
学生でにぎわっている店を避け、空いた店に入る。新潟の酒と海の幸を堪能し、へべれけ寸前で駅に戻る。
待つことしばし、「きたぐに」が入ってくる。これで大阪まで連れて行ってくれる。新潟からのホームライナーといった雰囲気であり、長岡までに降りてゆく。
長岡で客の入れ代わりがある。北越急行の最終が早いので、こちらを経由したほうが遅くまで東京にいられるのである。
というわけで、直江津から乗る客はそう多くない。小刻みに乗客が入れ替わるのを見ながら眠り利につく。

目覚めれば彦根を過ぎ、湖東を走っている。車内にはスーツケースを持った客が多い。京都でホームの反対側に入る草津発の「はるか」に乗り、関空へ向かう客である。
京都で、どっと降り、新大阪で新幹線連絡客が降りて大阪に到着する。すでに通勤客は動き始めている。