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ここ数年の関西103系

まだ2005年には、冷風車(159~158)も、1964年製造の中間車(15~16、左右とも2005年12月30日、上野芝)も残っていた。321系に追い出された201系が森ノ宮に入り、追い出された103系は日根野に入り、廃車になった。

20051230 103-159 uenoshiba  20051230 103-15 uenoshiba

左は先頭車が古い車ばかりだった日根野での数少ない後期製造車(835~842、2006年2月8日、和歌山)である。後に、201系を全車森ノ宮へ転出させると6M2Tもしくは電装解除が必要、あるいは4+4の運転台が中間に入る編成が生じてしまう(奈良から来る103系は現在でもそうだが)、どうせUSJ編成は103系であることもあり、8連16本の転入に止め、6連16本は奈良へ入り、代わって日根野と奈良の更新車が森ノ宮に集結することになる。この編成も森ノ宮に転出するが、2011年春には日根野に戻って来ている。
右は奈良の高運転台車を含む4+4編成(2006年9月13日、大阪城公園)である。この編成の反対側は雲は103であるが、森ノ宮からの転入で、クモハ103は全て廃車か日根野へ転出している。このクハ103-802も森ノ宮へ転出している。

20060208 103-835 wakayama  20060913 103-802 osakajokoen

森ノ宮から転出した車から、左の両先頭車は一時改良車の冷房改造車(205~206、2006年10月18日、京都)であるが、中間のモハ103は686、モハ102は842、そう、2005年に関東から転入してきたケヨ38編成の一部である。残る4両の電動車は日根野に、両端のクハ(821、828)はATS-Pの回路の相違で広島に転じたが、今はもう存在しない。
右の両端は197と198(2006年8月3日、森ノ宮)である。2007年夏までは生き残ったが、クハが奈良へ転出して、モハは廃車になった。

20061018  103-205 kyoto  20060803 103-197 morinomiya

左は最後まで残った初期車(65~514、2007年11月7日、玉造)である。もっともクハ103-65はこのあと日根野へ転出する。1979年に非ATC高運転台車が2両入ったが、2両とも偶数車(800と806)なので、両端高運転台の編成は森ノ宮にはなかった。右は森ノ宮の全車40N更新車のピカイチ編成(827~834,2008年11月27日、大阪)である。試作更新車(245~264)と交換して日根野から転入した。もう大屋根がかぶさって、こんな明るさでは撮影できない。

20071107 103-65 tamatsukuri  20081115 103-827 osaka  

左は日根野のピカイチ編成(837~846、2009年4月10日、美章園)であるが、中間に30N更新車が入っている。内装だけなら同じだけれど、外観が揃わないのはねえ、日根野には他にも40N更新車があるのに。右は2010年初頭に、森ノ宮と奈良の間で、モハユニットを交換したときに誕生した混色編成(797~804、2010年1月25日、桃谷)である。2011年春には日根野へ転出してしまった。

20090410 103-837 bishoen  20100125 103-797 tsuruhashi

一方、森ノ宮から日根野へ転出したクハ103-1は、日根野でクハ103-2と編成を組んだ(2010年12月2日、天王寺)。1973年に下十条から浦和へ転出して別れてから、天王寺で顔合わせしたことはあっても、34年ぶりの復縁であった。2011年初頭には廃車されている。同じ頃、森ノ宮の239~831がスカイブルーに塗り替えられた。321系の投入もないのにと不審がられたが、森ノ宮の関西線乗り入れ運用が、東海道線への225系投入で捻出された221系の奈良への転入もあって、森ノ宮の103系運用が24運用から18運用へ減少したこともあり、2011年3月には日根野へ転出していった。

20101202 103-1 tennouji  20110204 103-831 turuhashi

2011年3月以降、森ノ宮から関西線への乗り入れは、平日に朝9時過ぎに奈良に到着して入庫、夕方17時前に出庫して、環状線を一周して天王寺で折り返して今度は加茂まで往復する運用のみになってしまった。左は唯一の関西線乗り入れ運用(2011年6月28日、奈良~郡山)、右はわずか5本になった現在の103系(2011年7月24日、桃谷)である。平日1本、休日2本は本線にでないので16~7運用しかない、下手をすると本線上に出ているのは全て201系という可能性もある。

20110628 103-843 nara=kooriyama  20110724 103-838 momodani

一方、105系である。国鉄時代に冷房改造を受けており、トイレ取り付けでクハ104の窓が埋められたぐらい(105-506、2010年7月27日、京終~帯解)である。こちらは手抜き塗装車(105-519、2010年8月9日、奈良)である。日根野(当時、大阪支社)配置だが、和歌山支社色となっている。が、スカイブルーでも、オーシャンアロー色でもない。

20100727 105-506 kyobate=obitoke   20100811 105-519 nara

2010年に、平城遷都1300年を兼ねての旅万葉編成で、春夏秋冬の4編成がある。左は春(105-501,2010年7月27日、京終)右は冬(105-510、2010年12月15日、和歌山)である。
運用の関係で和歌山県内を延々走っているケースが多いのが泣きどころである。

20100727 105-501 kyobate  20101215 105-510 wakayama



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