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久々の番号あて

19810818 kuzuryu maibara
1枚目は、1981年8月18日、米原でのくずりゅう5号、最後尾の1号車はクハ455なんですけど、まだ種別幕に鉄板が貼り付けられてません。

19821114 475-46 tateyama3 osaka
2枚目は、1982年11月14日、大阪での立山3号、先頭の10号車はクモハ475の15~19、41~48のようだが、種別幕がすでに埋められております。

19870331 fukui
3枚目は、1987年3月31日、福井での上り米原行き、最後尾はクモハ471に見えますが、この頃413系への更新工事が進んでおり、と言う前にシールドビーム改造が終了しているようなので、クモハ475、しかも
3両目はサハ455のようであります。

東北電車特急嘘歴史(2)

1970年10月、輸送力増加のために、9両以下という条件のある「あいづ」と、その入出庫運用の「ひばり」各1往復と予備の3本以外の9本が
 ←上野                                           山形・盛岡→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10  11  12

    クロ-サロ-モハ=モハ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 481 484 485 482 483 481 482  483  482  483 481

の12両編成になった。

1971年7月、毎日運転臨時「やまびこ」1往復を増発するために、電動車4ユニット、クハ481を4両、サロ481を1両新造した。サシ481は489系投入で捻出された向日町からの転入車で補った。
ここから、クハ481の長編成に対応するために出力増大した電動発電機を装備した100番台になり、一部の運用が
 ←上野                                              仙台→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10  11  12

    クハ-サロ-モハ=モハ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 481 484 485 482 483 481 482  483  482  483 481

になった。
1972年3月改正で「やまびこ」2往復(1往復は臨時の定期格上げ)、「ひばり」2往復、「やまばと」1往復が増発されることになり、12両編成3本(2本は年末に投入、クハ2両は前年夏に投入済み)が投入され、
 ←上野                                              盛岡→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10  11  12

    クロ-サロ-モハ=モハ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 481 484 485 482 483 481 482  483  482  483 481

が9本(使用9本「やまびこ」「ひばり」6往復)
 ←上野                                           山形・仙台→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10  11  12

    クハ-サロ-モハ=モハ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 481 484 485 482 483 481 482  483  482  483 481

が4本(使用3本「ひばり」1往復「やまばと」2往復)
 ←上野                           会津若松・仙台→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9

    クロ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 484 485 481 482  483  482  483 481

が3本(使用2本「ひばり」1往復、「あいづ」)

東北電車特急嘘歴史(1)

1965年10月、上野-盛岡間の「やまびこ」、上野-仙台間の「ひばり」が電車化され、前年暮れに北陸に投入された481系の50ヘルツ版の483系が投入された。電動車以外は481系と共通のため、編成は
 ←上野                                          盛岡→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10

    クハ-モハ=モハ-サロ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 482 483 481 481 482  483  482  483 481

の10両であったが、運用数に比べて一等車のサロ481が7両配置と余裕があったため、「やまびこ」とその折り返しの「ひばり」1往復は、
 ←上野                                          盛岡→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10  11

    クハ-モハ=モハ-サロ-サロ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 482 483 481 481 481 482  483  482  483 481

の11両で運転されることが多かった。
と、まあここまでは本当の話である。

1968年、米沢-山形が交流電化され、福島-米沢も直流から交流に転換された。また前年電化された会津若松へと乗り入れることととなったが、奥羽本線、磐越西線ともに勾配線区で電動車比率が3分の2以上が必要、さらに、磐越西線は9両以下に限るという条件があったために、編成の組み換え、改造が必要になった。
当初は全てのサロ481に運転台を取り付けクロ481に改造し、不足分のみクロ481を新造する案もあったが、将来の輸送力増加に必要になること、一等車定員が減少しすぎることもあり、サロ481はそのまま残り、「やまびこ」に絡む運用と予備の3本は11両のまま、残る8本はクロ481を8両とクハ481を4両新造し、
 ←上野                      仙台・山形・会津若松→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9

    クロ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 484 485 481 482  483  482  483 481

の9両編成となった。483系と485系の電動車は混用できるので、どこに入るかはわからない。

1969年10月、「ひばり」1往復の増発で、東北特急の上野方全てがクロ481になった。このため「やまびこ」に絡む運用は
 ←上野                                       盛岡→ 
     1   2    3   4   5   6   7    8   9  10

    クロ-サロ-モハ=モハ-サシ-モハ=モハ-モハ=モハ-クハ

    481 481 482 483 481 482  483  482  483 481

の10両編成になった。余剰のクハ481、2両とサロ481、3両は向日町に転出し、上野-長岡-金沢の「はくたか」の電車化や、新大阪-宇野の「うずしお」の増発に充当されたので、引き続き上野駅には顔を見せることがあった。




八ヶ岳行き(下)

朝からバタバタしながら、小淵沢に10時過ぎに到着、ここから白州蒸溜所へ。
20121009 110-113+110-112 kaioizumi  20121009 115-c1+kobuchizawa 
山崎に比べると不便ですわ。
工場見学と展示物見学、昼間っからウイスキーをかっくらって、愛知の工場(見学不可)で生産しているブレンド用のグレーンウイスキーを買う。塩尻で乗り換える列車は山崎蒸溜所の脇を通ってゆく。売店の尾根遺産によると、長岡京のビール工場のダブルプレーをやったことがあるそうだ。
20121009 115-n kobuchizawa  20121009 115-1052+1056 kobuchizawa

20121009 115-1050+1051 kobuchizawa  20121009 351-5 superazusa11 shiojiri
小淵沢から「スーパーあずさ11号」に乗るが、窓口の手違いで自由席特急券ではなく、乗車券が発行されていた。これなら自販機で買えばよかった。車掌はそのまま乗ってくれと言ったが、損だろうが。結局、塩尻で乗り継ぎの間に誤発行で差額は返還してもらったが。上諏訪に213系-5000がいる。ここでもいいが、静岡の211系をなんとかしてくれないか。さらに塩尻で211系-3000が試運転にやってくる。房総地区を追われて、長野の115系を置き換えるのだろう。209系のように、車内をクロスシートに改造できないものか。
20121009 211-3055 shiojiri  20121009 313-1524 shiojiri
20121009 211-3062 shiojiri  20121009 383-102 shinano16 shiojiri
「しなの16号」は付属編成4両をつないだ10両でやってきたが、平日ということもあって、車内は結構閑散としている。中津川の手前でもう車販終了だという。まだ1時間近くもあるのに、そんなに手間取るものかい?
名古屋で相当降りる。されど岐阜、ここから乗る人もいる。新幹線は不便なのだ。京都着、ほとんどのお客が降りるが、ここから乗る人もいる。ラッシュの新快速の新快速の混雑なら、630円払って楽したいってことなんだろうね。
周遊きっぷならタダだし。

八ヶ岳行き(中)

昨日きた道をまた小諸へ向かう。小諸にはS53編成が止まっていた。現存169系の形式写真は全て撮れたわけだ。
懐古園、その脇の美術館を尋ねていると、昼食の時間も怪しくなってくる。とりあえず蕎麦屋に入り、蕎麦をすすって(一人ならばしな鉄のホームで蕎麦をすするだろうが)幹線道路(国道18号線の旧道だろうか)を東小諸へ向かう。
20121008 169-1 komoro=hirahara
ここで軽井沢へ向かう169系を迎えうって、小淵沢行きに乗り込む、昨日よりは空いているが、清里からの込み方は昨日以上だった。

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なにわ

Author:なにわ
実写、模型、プラレール、気が向けば更新
議論系は別ブログ
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